>> HOME >> ウクレレな情報 [ウクレレ図鑑監修Mr.コジロー]
JamesKojiro Profile
本名はJames T. Kojiro。
なんでFirstNameを3つも持っているんだろう?
LastNameのKojiroは本来は神代(カミシロ)でした。19世紀後半に人から移民されたおじいさんが移住の手続きのときに検査官が書いた書類のスペルが「Kojiro」。以後はパスポートからI.D.など全部「コジロー」さんになってしまったんだそうです。
なんでFirstNameを3つも持っているんだろう?
LastNameのKojiroは本来は神代(カミシロ)でした。19世紀後半に人から移民されたおじいさんが移住の手続きのときに検査官が書いた書類のスペルが「Kojiro」。以後はパスポートからI.D.など全部「コジロー」さんになってしまったんだそうです。
当時は今ほどウクレレは一般的なものではなく、本場ハワイでさえ今よりずっとマイナーな楽器だったそうです。
そんな中、ウクレレを肌身離さず持って歩く幼なじみがいました。
彼はどこに行くにもウクレレを持って歩いていました。釣りに行くときも、みんなが遠浅の砂州を歩いて腰まで海につかり釣り竿をたれる中、なぜか彼一人だけは海の中でウクレレを弾いていたそうです。
それがウクレレとの出会いで、彼から大きな影響を受けられたようです。その幼なじみの彼とはHow To Play Ukuleleシリーズの著者であるH. M. Kimuraさんです。
そんな中、ウクレレを肌身離さず持って歩く幼なじみがいました。
彼はどこに行くにもウクレレを持って歩いていました。釣りに行くときも、みんなが遠浅の砂州を歩いて腰まで海につかり釣り竿をたれる中、なぜか彼一人だけは海の中でウクレレを弾いていたそうです。
それがウクレレとの出会いで、彼から大きな影響を受けられたようです。その幼なじみの彼とはHow To Play Ukuleleシリーズの著者であるH. M. Kimuraさんです。
青年となったコジローさんはウクレレとは縁遠い生活を送っていましたが、意外なところでウクレレと再会します。
朝鮮戦争時代、U. S. Armyに従軍していたコジローさんはヨーロッパに配置されます。その時に手に入れたのがHarmonyのバリトンウクレレでした。
そのウクレレは何回もクラック(ひび)が入り、そのたびに手直しをし、今でも大事に持っているそうです。
朝鮮戦争時代、U. S. Armyに従軍していたコジローさんはヨーロッパに配置されます。その時に手に入れたのがHarmonyのバリトンウクレレでした。
そのウクレレは何回もクラック(ひび)が入り、そのたびに手直しをし、今でも大事に持っているそうです。
退役後、コジローさんはハワイ州の公務員の職につきました。
ウクレレは弾いてはいるものの気に入ったウクレレを数本持っているくらいだったコジローさん。それが1985年にリタイア後は本格的なウクレレコレクターとなってしまいます。
とにかく目にとまるウクレレは片っ端から全部買ったそうです。
その結果、コジローさん宅の8畳ほどのウクレレ専用ストックルームには、超高級なヴィンテージウクレレからガラクタまで1000本を越えるウクレレがひしめき合っています。
そんなウクレレの山の中から5、6本取り出して順番に弾きながらコジローさんと話をしているだけで、あっという間に数時間が過ぎていくのでありました。
ウクレレは弾いてはいるものの気に入ったウクレレを数本持っているくらいだったコジローさん。それが1985年にリタイア後は本格的なウクレレコレクターとなってしまいます。
とにかく目にとまるウクレレは片っ端から全部買ったそうです。
その結果、コジローさん宅の8畳ほどのウクレレ専用ストックルームには、超高級なヴィンテージウクレレからガラクタまで1000本を越えるウクレレがひしめき合っています。
そんなウクレレの山の中から5、6本取り出して順番に弾きながらコジローさんと話をしているだけで、あっという間に数時間が過ぎていくのでありました。

●1930年・ホノルル生まれ